ルナリアン

 

 気が付いたかね、重力が無いのだよ。重力。聞いているのか。かつて月面には兎がいた。君が、全て狩り尽くしたのだよ。覚えているかね。誰も、君を見てはいないのだ。肉体の喪失は精神の喪失を意味しない。気が付いているのかね。お前は、私の存在を認識するべきなのだ。唯一つの惑星さえ所有しない私は、何らの物理的事象に関与できない。しかしかつて月面には兎がいたのだ。やめてくれ、やめてくれ。君が私の存在を認識する為に、私が君を導こう。幻想を見つめる君の眼は綺麗だ。笑うな、笑うなよ。
 過去に私は月兎を見た。機窓から確かに見えたのだ。私はそれを認識した。そのとき私は全ての所有者になったのだ。或いはそれと同列の存在になったといえるだろう。分かるだろうか。その価値と代償を知っているだろうか。しかし認めよう、君はこれを放棄する権利を保持している。何故なら君の肉体は健やかで完全だからである。その肉体にいかなる物理的侵襲を受けようとも、その完全性は不可侵なのだ。可能性として、君自身が私を所有することは有りうる。それが、君の権利なのだから。

 かつて、月の裏側は兎の群生地であった。

 カリカリパキン、カリカリパキン。兎たちが月面草を食むときにそんな音がする。月面草の主成分はカリウム、酸素、ケイ素である。

inserted by FC2 system